大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和23年(ネ)496号 判決 1949年12月27日

控訴人

高橋方雄

被控訴人

栃木県知事

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

控訴の趣旨

原判決を取り消す。被控訴人等は別紙目録記載の土地の所有権が控訴人に属することを確認すること、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

事実

当事者双方の事実上の主張は、控訴人において「本件農地買收処分は憲法に違反し、これが取消の判決をまつまでもなく当然無効であつて従つて本件土地の所有権は依然として控訴人に属するに拘らず、被控訴人等はこれを争い右買收処分により適法に国の所有に帰属した旨主張するので本訴確認を求める次第である。なお当審においては請求の趣旨を右の限度に減縮する。」と述べ、被控訴人等代理人において「被控訴人栃木県知事は国の行政機関として本件買收手続に関与したにすぎないから、これに対してまでも本件確認を求める利益は存しない。」と述べた外原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

本件訴旨は前記の如く、控訴人の所有であつた別紙目録記載の農地の買收処分が無効であることを理由として、被控訴人等に対しこれが控訴人に属することの確認を求めるというにあるところ、農地買收は本來政府が主体となつて行うものであり、都道府縣知事は單に國の行政機関として買收、賣渡等の手続施行の局に当るものにすきないし、又國に対する関係において買收処分が無効とされるにおいては、その判決は関係行政廳たる当該都道府縣知事をも拘束すべきことは行政事件訴訟特例法第十二條の明記するところであるから、いずれにせよ控訴人は國の他に栃木縣知事に対して本件確認の請求を爲す法律上の利益を有しないものというべく、右請求はこの点において到底排斥を免れない。

よつて被控訴人國に対する請求につき審按する。控訴人は本件農地買收のため自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第六條に基き対價として與えられた金額は社会常識上甚しく低廉に失し、殆ど対價たる実を有せざる名目的のものにすぎないから、その対價を定めた自創法の規定及びこれに基く本件農地買收処分は共に憲法第二十九條の財産権不可侵の規定に違反し法律上当然に無効であると主張するのであるが、これに対する判断を爲すに当つては、自創法が如何にして制定せられ、如何なる使命と性格とを有するものであるかを檢討する必要がある。

わが國はポツタム宣言の受諾並びに降伏文書の署名によつて、國家の基本的理念を変革し、政治経済その他社会各般の分野に残存する一切の封建的非民主的色彩を拂拭し、近代的民主的國家としての再建を目標として新発足することとなつた結果、これを産業、経済の方面について云えば、從來わが國産業の実権を掌握しその主要部面にわたつて殆ど独占的支配を続けて來た大財閥を解体して企業経営の自由なる活動を確保すると共に、他方根強い封建的因襲の殼に包まれていた地主中心の村落秩序を打破して農村の民主化をはかり、過重な物納小作料の負担に苦しむ耕作農民のために耕地を解放してその地位を安定し、労働の成果を公正に享受させる途を開くことが当面の急務とされるに至つた。かくて終戰後初年度において在村地主の保有面積を最高五町歩と定め、百五十万町歩に上る自作農創設等を目図とする農地調整法の改正即ちいわる第一次農地改革が企てられたのである。しかしながら右改革はその目的のためには不徹底であり且つ幾多の欠陥が認められたので、連合國最高司令官からわが政府に宛てて昭和二十年十二月九日付覚書が発せられ、その趣旨に基き第二次農地改革が行はれるに至つた。右覚書は「民主々義的傾向の復活強化に対する経済的障碍を除去し、個人の権威に対する尊敬を確立し、数世紀にわたる封建的圧迫により日本農民を奴隷化し來つた経済的束縛を破壊せんがため、日本の土地耕作者をして労働の成果を享受する上に一層均等なる機会を得しむるよう確実なる措置を講ずべきこと」を指令し、不在地主より耕作者へ土地所有権を移譲せしめ、公正なる價格で非耕作地主から農地を購入するための規定を設けること等各般の具体的措置を命じたので政府は右命に從い、――示された回答期限である昭和二十一年三月十五日在村地主の保有限度を平均五町歩から三町歩に縮少することを中心とする改革案を連合國最高司令官に提出し、対日理事会においても買收対價その他につき種々の論議を重ねた末、連合國最高司令官の指示承認の下に右保有限度を更に平均一町歩に引下げられた、関係法案が第九十議会に提出されて無修正可決され、ここに自作農創設に関する部分を農地調整法より独立させた自創法の制定を見、昭和二十一年十月二十一日公布された。同法の施行により農村民主化のためにする農地解放は急速度を以て拡充徹底せしめられ、遂に全小作地の約八割を超えてこれを自作地と化するに至つたのである。

以上の経緯によつて明かな如く、農地改革法令は連合國の主要なる占領目的である日本民主化政策の一環として、連合國最高司令官の日本政府に対して発した指令に基いて制定実施せられたのであるから、自創法は実に連合國の日本管理法令としての性格を有し、これが嚴格なる施行は日本政府に課せられた至上命令に外ならないのである。―このことは昭和二十三年二月四日付連合國最高司令官の日本政府に與えた覚書において「自創法等は、封建的土地所有制度を廃止し、公平且つ民主的な基礎による土地の再分配に対する経済的障害を排除するを目的として前記覚書(昭和二十年十二月九日付)に基き制定された」ものであり「土地改革計画の強力な実施は日本に眞に自由で且つ民主的な社会を創設するための先決要件である。

本改革の実施は日本國民並びに連合軍日本占領の最も重要な目標の一となつている。從つて自創法等の嚴正且つ果断な実施は不可欠な至上命令である。」とし、「農林省は土地改革計画の目的を阻害せんとして圧迫を加える組織的反動勢力の不当な干渉を顧慮することなく、現行手続に基き土地改革法の適用を受くべき一切の土地を即時買收する旨の訓令を都道府縣農地委員会及び市町村農地委員会に発すべきである。」とて、断乎現行手続に基く農地買收の励行を指令したことに徴しても疑を容れぬところであろう。改めて説くまでもなく今次敗戰の結果、降伏文書に記載されたとおり「天皇及び日本政府の國家統治の権限は、降伏條項を実施するため適当と認める措置をとる連合國最高司令官の制限の下に置かれ」ることとなり、わが國は「ポツタム宣言の條項を誠実に履行すること」を誓うと共に「右宣言を実施するため連合國最高司令官又は特定の連合國代表者が要求することあるべき一切の命令を発し、且つかかる一切の措置をとること」を約したのである。されば日本管理の必要上連合國最高司令官の有する権限は、わが國憲法その他いかなる國内法令によつても何等制約されるものでないことは勿論であり、その要求にかゝる事項を即時実施に移すべきことは実にわが國家的義務に属する。從つてその必要上日本政府によつてとられた法的措置は特に昭和二十年勅令第五四二号「ポツタム」宣言の受諾に伴ひ発する命令に関する件に基く政令(いわゆるポ政)によらずに、憲法の下における一般法律の形式を借りて爲された場合であつても、その規定の内容を憲法の條項と対比し、これが効力を云爲することは本來許されぬものと解さなければならない。それ故自創法は一体として新憲法によりその効力を制約さるべきものでないことは明かであり、実質的にこれを観察するも同法の目的とする農地改革は財閥解体と並んで近代的民主的な新憲法の行はれる不可欠の素地を作り上げる先行的地均し工作を爲すものであり、これによつてわが國経済社会の民主化のため最も重大なる障碍を排除し、その基礎の上に新憲法の理想とする眞に近代的な民主的國家を建設することが可能となるのであるから、自創法はこの意味においても前憲法的なものということができる。かように自創法を以てその性格上憲法によつて制約されず憲法適用の枠外にあるものと見る限り、同法所定の手続に基く農地買收を目して憲法に違反する不当の処分であるとなし、これが無効なることを理由とする控訴人の本訴請求は到底許容し難いことは勿論である。

仮に自創法が國内法制定の手続によつて成立した点のみより立論して自創法の規定も当然憲法の制約を受くべきものであるとしても、自創法第六條に基き本件農地買收の対價として定められた額が憲法第二十九條第三項にいわゆる正当な補償たるに値せぬとの控訴人の主張は遽かにこれを採用することはできない。正当な補償たるにはその物の自由なる取引價格を基準とする完全なる補償でなくとも國家的社会的諸事情をも考慮して決定せられた合理的な額であれば足るものと解すべく、しかも原判決説示のような算定の根拠に基き、農地價格として法定されたいわゆる自作收益價格は、当時の情況の下においてはこれを合理的な價格と認むべきであり、その後インフレの昂進により通貨の実質的價的價値が下落した時期に至つても、依然として農地の統制が継続し、その自由処分が制限され、小作料も引続き釘付にされている限り地主にとつては農地の價格は経済事情の変遷に拘らず恰もこの小作料額を産み出す一定額の預金債権と化したものとも見らるべく、從つて右小作料額を資本還元した前記自作收益價格を以て正当な農地價格という外はないものと考える。以上附加した外当裁判所も亦原審と同一見解の下に本件農地の買收價格を正当と認め、右に反する控訴人の主張を採用し難いものとしたので、ここに原判決の理由を引用する。されば控訴人の本訴請求はこの点においても認容し得ざるものである。よつて控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴を理由なしとし、民事訴訟法第三百八十四條第八十九條第九十五條に則り主文のとおり判決する。

(大江 梅原 奧野)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例